大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)1307号 判決

上告人

大成商事株式会社

右代表者代表取締役

岩田和彦

右訴訟代理人弁護士

飯野信昭

被上告人

株式会社藤商

右代表者代表取締役

佐藤数美

右訴訟代理人弁護士

松原徳満

右訴訟復代理人弁護士

中城剛志

被上告人

旧商号有限会社コーラル

有限会社中村興業

右代表者代表取締役

中村覚

右訴訟代理人弁護士

森健市

被上告人

株式会社興亜物産

右代表者代表取締役

井上木太郎

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

上告人と被上告人らとの間において、第一審判決添付別紙目録(二)記載の供託金について、上告人が還付請求権を有することを確認する。

被上告人株式会社藤商及び同有限会社中村興業の反訴請求を棄却する。

訴訟の総費用のうち、本訴に関する部分は被上告人らの負担とし、反訴に関する部分は被上告人株式会社藤商及び同有限会社中村興業の負担とする。

理由

上告代理人飯野信昭の上告理由第二について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、平成五年一二月一日、株式会社若林製本所(以下「若林製本所」という。)に対し、九二〇万円を、うち三〇〇万円の弁済期を同月二〇日、うち六二〇万円の弁済期を同月三〇日として貸し付けた。

2  若林製本所は、平成五年一二月一日、右貸金債務の担保として、若林製本所が株式会社廣川書店(以下「廣川書店」という。)に対して現に有し、若しくは将来取得する売掛代金債権全部を、右貸金債務の不履行を停止条件として上告人に譲渡する旨約した(以下「本件債権譲渡契約」という。)。その際、上告人と若林製本所は、右停止条件が成就した場合には、あらかじめ若林製本所から作成交付を受けた債権譲渡兼譲受通知書を、上告人が若林製本所との連名で廣川書店に送付することに合意した。

3  若林製本所は、平成五年一二月二〇日と二一日に手形の不渡りを出して、銀行取引停止処分を受けるとともに、同月二〇日の弁済期に上告人に対して支払うべき前記貸金の返済を怠った。

4  上告人は、本件債権譲渡契約の停止条件が成就したことにより、若林製本所が廣川書店に対して有していた二九二万二一〇二円の製本代金債権(以下「本件代金債権」という。)を譲り受けたとして、前記2の合意に基づき、平成五年一二月二一日、若林製本所との連名による債権譲渡兼譲受通知書を内容証明郵便で廣川書店に発送し、右書面は、同月二二日、廣川書店に到達した(以下「本件譲渡通知」という。)。

5  被上告人有限会社中村興業(以下「被上告人中村興業」という。)は、平成五年一二月七日、若林製本所に対し、一〇〇万円を貸し付け、被上告人株式会社藤商(以下「被上告人藤商」という。)は、同月一〇日、若林製本所に対し、三〇〇万円を貸し付けた。本件代金債権については、若林製本所から廣川書店に対し、これを被上告人中村興業、同藤商及び同株式会社興亜物産にそれぞれ譲渡した旨の通知が発せられたが、右各通知はいずれも、本件譲渡通知より遅れて廣川書店に到達した。

6  廣川書店は、平成五年一二月二八日、本件代金債権の債権者を確知することができないとして、東京法務局に対し、第一審判決添付別紙目録(二)記載のとおり、右代金額二九二万二一〇二円を供託した。

二  本件では、本訴において、上告人が、被上告人らに対し、第一審判決添付別紙目録(二)記載の供託金について上告人が還付請求権を有することの確認を求めており、反訴において、被上告人中村興業及び同藤商が、上告人に対し、本件譲渡通知につき詐害行為による取消しを求めているところ、原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判断して、上告人の本訴請求を棄却し、被上告人中村興業及び同藤商の反訴請求を認容すべきものとした。

1  債務者の責任財産の保全という詐害行為取消制度の趣旨からすると、詐害行為取消しの対象となるのは、債務者の法律行為に限定されることなく、責任財産を減少させる法律効果を伴う債務者の行為である限り、債権譲渡の通知、時効中断事由たる債務承認、追認等の準法律行為についても、民法四二四条の規定を準用すべきである。

2  債権譲渡における債務者に対する通知は、純然たる私法行為である上、債務者に対する関係では、債権者の変更を債務者に主張し得る必須の要件であって、これによって初めて当該債権が譲渡人の責任財産から確定的に逸出することになるものであり、第三者に対する関係での対抗要件の具備以上の機能を有しており、債権譲渡における通知と不動産譲渡における対抗要件具備行為たる登記とはその性質において異なるものがあるから、登記について詐害行為該当性が否定されるとしても、債権譲渡通知について詐害行為該当性を肯定する妨げとはならない。

3  上告人が若林製本所の委託に基づいて債権譲渡兼譲受通知書を郵送した平成五年一二月二一日の時点では、既に若林製本所は無資力の状態にあり、若林製本所のみならず、上告人においても、本件譲渡通知が他の債権者を害するものであることを認識していたと推認できるから、本件譲渡通知は詐害行為に当たる。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

債務者が自己の第三者に対する債権を譲渡した場合において、債務者がこれについてした確定日付のある債権譲渡の通知は、詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。けだし、詐害行為取消権の対象となるのは、債務者の財産の減少を目的とする行為そのものであるところ、債権の譲渡行為とこれについての譲渡通知とはもとより別個の行為であって、後者は単にその時から初めて債権の移転を債務者その他の第三者に対抗し得る効果を生じさせるにすぎず、譲渡通知の時に右債権移転行為がされたこととなったり、債権移転の効果が生じたりするわけではなく、債権譲渡行為自体が詐害行為を構成しない場合には、これについてされた譲渡通知のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることは相当とはいい難いからである(大審院大正六年(オ)第五三八号同年一〇月三〇日判決・民録二三輯一六二四頁、最高裁昭和五四年(オ)第七三〇号同五五年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号一一〇頁参照)。

以上によれば、被上告人中村興業及び同藤商が、本件債権譲渡契約締結後に取得した若林製本所に対する各貸金債権に基づいて、若林製本所の上告人への本件代金債権の譲渡についてされた本件譲渡通知を対象として、詐害行為による取消しを求める反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。そして、前記事実関係によれば、上告人は、若林製本所から本件代金債権の譲渡を受けるとともに、被上告人らに先立って対抗要件を具備したものであるから、第一審判決添付別紙目録(二)記載の供託金につき還付請求権を有することの確認を求める上告人の本訴請求は、理由があることが明らかである。

四  そうすると、右と異なる見解に立って、本件譲渡通知が詐害行為に当たるとして、その取消しを認めるべきものとした原審の判断には、民法四二四条の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らし、第一審判決を取り消した上、上告人の本訴請求を認容し、被上告人中村興業及び同藤商の反訴請求を棄却すべきものである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人飯野信昭の上告理由

第一 はじめに

原判決は、訴外株式会社若林製本所(以下、若林製本所という)と上告人間の本件債権譲渡契約が有効に成立したことを認めながら、債権譲渡の対抗要件たる「譲渡通知」が詐害行為であると判断している。原判決の右判断には次のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があると考える。

一 本件は、債権譲渡行為自体を判断対象として詐害行為性の存否を判断すべきところ、原判決はこれを行なわず、その対抗要件具備手続に過ぎない譲渡通知行為を判断対象としている。

二 譲渡通知行為を詐害行為の判断対象とすることができるとしても、若林製本所に詐害意思が存したか否かは、通知書作成時点を基準時として判断すべきで、第三者により現に郵便に付された時点を基準にすべきではない。

三 原判決の判断は、本件紛争を何ら解決せず、民事訴訟の本旨にもとる判決である。

以下、具体的に主張する。

第二 判断対象は債権譲渡行為自体である。

一1 原判決は、「登記申請行為が行政庁に対し一定の内容の行政行為を求める公法行為の色彩が強く、私法上も不動産上の権利又は権利変動について第三者に対する対抗要件を具備させる側面を有するに過ぎないものである」から、「詐害行為が成立しないとされている」と説くが、この判示も失当と考える。

登記が詐害行為の判断対象とならないのは公法行為の色彩が強いためではなく、「物権の譲渡行為とこれについての登記はもとより別個の行為であって、後者は単にその時からはじめて物権の移転を第三者に対抗しうる効果を生ぜしめるにすぎず、登記の時に右物件移転行為がされたことになったり、物権移転の効果が生じたりするわけではないし、また、物権移転行為自体が詐害行為を構成しない以上、これについてされた登記のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることも相当とは言い難い」(最高裁判所第一小法廷&昭和五五年一月二四日判決)からである。

2 右最高裁判所第一小法廷判決の物権を債権に、登記を譲渡通知に置き換えて読むと、本件についての正当な判断となると考える。右判決が破産法七四条・会社更生法八〇条の規定と詐害行為取消権の質的差異を明確に示して右判示をなしていることを想起すべきで、これも原判決の不当さを明らかにしている。念のため、右の置き換えを行なうと次のとおりとなるのでここに援用する。

「債権の譲渡行為とこれについての譲渡通知はもとより別個の行為であって、後者は単にその時からはじめて債権の移転を第三者に対抗しうる効果を生ぜしめるにすぎず、譲渡通知の時に右債権移転行為がされたことになったり、債権移転の効果が生じたりするわけではないし、また、債権移転行為自体が詐害行為を構成しない以上、これについてされた譲渡通知のみを切り離して詐害行為として取り扱い、これに対する詐害行為取消権の行使を認めることも相当とは言い難い。」

二1 原判決は、「詐害行為取消の対象となるのは債権者を害する法律行為であるが、債務者の責任財産を保全する制度の趣旨から、法律行為に限ることなく、責任財産を減少させる法律効果を伴う債務者の行為である限り、債権譲渡の通知、時効中断事由たる債務承認、追認などの準法律行為についても民法四二四条を準用すべきである。」と判示する。

2 しかし、少なくとも時効中断事由たる債務承認行為に民法四二四条を準用すべきとの右判示は失当と考える。なぜなら、時効成立後の債務承認行為については民法四二四条の準用を検討する意味も少しは認められようが、時効成立前の債務承認行為について詐害行為になる可能性があるとするのは、債務過多の債務者は自ら負担する債務について債務意識を持つ必要はない、否、積極的に債務を承認してはならないとするもので、債務者は誠実に債務を履行することは無用であるとの考え方を前提し、債務者の責任放棄を奨励する、債権法全体の構造からみてきわめて不当な考え方だからである。

3 債務承認と同様、債権譲渡の「通知」も既に譲渡行為が存在する以上、債権譲渡関係を完成させるためこれに当然に随伴する手続きであり、詐害行為の判断対象とはなり得ないとするのが相当である。前記の債権譲渡の構造全体に目をむければ原判決の右判断が法令に違背していることがより明らかと考える。

4 以上、債務者のなした債権譲渡が詐害行為と評価されるとすれば、それは譲渡行為自体が判断対象とされるべきである。もし譲渡行為本体が存在しなければ、そもそも責任財産の減少はあり得ず、債権譲渡がなされてはじめて責任財産が減少するからである。譲渡通知は本体たる債権譲渡に従として伴なう対抗要件具備手続きに過ぎない。

三 また原判決は、その見解を正当化するためであろうか、譲渡通知は「(第三)債務者に対する関係では債権者の変更を(第三)債務者に主張し得る必須の要件となるものであって、これによってはじめて当該債権が譲渡人の責任財産から確定的に逸出することになる」と説くが、右判示も何ら譲渡通知と登記との差異を明らかにしない。

原判決は債権と異なり物権はその譲渡が行なわれれば未登記であっても譲渡人の責任財産から確定的に当該物権は逸出すると考えているのであろうか。もしそうであれば登記が対抗要件とされていることは無意味となる。原判決の判示が不当であることは明らかである。

あるいは原判決は、債権譲渡は物権変動とは異なり、第三債務者という特定の第三者が存在する関係であると言わんとしているとも推測されるが、物権変動においても、例えば滌除権者が滌除権を行使するには登記が必要であり、かつ、この場合も滌除権を行使される特定の第三者(抵当権者)が存在することは債権譲渡における第三債務者の存在と何ら質的差異はない。

即ち、原判決の右判示の何ら「譲渡通知」を詐害行為取消の対象とする根拠にはなり得ないと考える。

第三 〈省略〉

第四 原判決の判断は何ら紛争を解決しない

一 民事訴訟制度は、当事者間の紛争を解決することを目的としていることは改めてここに述べるまでもない。ところが原判決は、詐害行為取消の対象を債権譲渡行為とせず、その譲渡通知としたことにより、民事訴訟制度の機能を損なったのである。

二 なぜなら、仮りに原判決が確定したとしても、本件債権譲渡は上告人と若林製本所との間では有効に成立・存続することになるし、上告人は、被上告人との関係では各譲渡通知を詐害行為として取消請求ができることになる。

その結果、若林製本所と上告人、若林製本所と被上告人らの間では債権譲渡は存在するが、いずれも対抗要件を具備し得ず、結局、本件債権(供託金)は帰属者が確定せずに本件紛争は未解決のまま放置されることになるからである。

第五 結語

以上のとおり、債権譲渡における詐害行為成否判断について、その対象を譲渡行為とせず、「譲渡通知」行為としていること、及び、譲渡通知は譲受人が譲渡人に代理してこれを発し得ると解していること、その結果、民事訴訟制度の本旨にもとる結果となっていることの三点において原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があると考え、上告に及んだものである。

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